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偏差値40台の高校で成績ビリ、高卒でもマーケター職で就職に成功した体験談

長島綾音

石村さん、本日はよろしくお願いします!

まずご経歴をお伺いしてもよろしいでしょうか?

石村武蔵さん

はい、簡単にお話しさせていただきます。

2021年3月に高校を卒業して、フリーランスとして未経験Webマーケターになりました。

そこから約半年後、広告業界のベンチャー企業へ就職し、現在は企業で広告やWebサイトのディレクションなど様々な業務を行っています。

長島綾音

高校卒業でいきなりフリーランスですか、、優秀な感じがしてしまいますね。。

石村武蔵さん

いや、結局失敗の連続だったので、今回は過去の失敗話をさせていただこうかと思ってますよ…!

 

学年ビリ、スポーツもダメ、落ちこぼれの高校生活

長島綾音

失敗話ってなんだろう。。

高校卒業したのも最近だと思うのですが、高校生の時から優秀な感じだったのでしょうか?

石村武蔵さん

いえ、正直言うと学年ビリの成績で、自分は頭が悪いんだと思っていました。

では、スポーツができるかと聞かれればそれも全然で、学業でも運動でも落ちこぼれ中の落ちこぼれといった感じでした。

長島綾音

今、堂々とお話をしている石松さんには感じない出来なさ加減ですね。。(失礼ですが、、!)

石村武蔵さん

いや、もう否定できないですね(笑)

高校の時は本当に落ち込みましたね、学業成績も悪い、運動もできない、心の支えになるものがなく、自信もありませんでした。

ちなみに、部活はサッカー部で、運動するのは好きなんですよ、全然上手くはないですが(笑)

同じサッカー部で成績良かった友人もいるので「なんで自分はこんなに勉強できないんだ」と自分にガッカリしてしまう場面は非常に多かったです。

同じ部活して、勉強できる時間は一緒なはずなのに「こんな差がつくのはおかしい」と妬んでしまう自分もいましたね。

長島綾音

確かに、毎日劣等感に支配されていく感じがうかがえます。

学生時代は「何か得意なものを持っていないといけない」という意識がなぜかありますもんね。

私も経験あるので、とても共感しましたよ。

石村武蔵さん

そうなんですよね。。

「自分はダメダメだ」と毎日刷り込まれていく気がして、このままじゃ人生落ちぶれたままになってしまう感覚が強くありました。

「得意なことがなく、不得意なことが目立ってしまう」そんな高校生活が、人生逆転したいという思いを強くさせてくれましたね。

 

学業もスポーツもダメなら、仕事で結果を残したいと思った

長島綾音

毎日劣等感を感じる高校生だったんですね。

そこから大学進学を選ばないのには、何か理由があったんでしょうね…!

石村武蔵さん

まさに、ありましたね。

やっぱり勉強できないコンプレックスがあったので、特に高校2年生くらいからは、「勉強では周りに勝てないから収入では勝ってやる」って意気込んでました。

勉強ができないから、大学受験でいい大学を目指してもたかが知れてると思ってましたね。

学業やスポーツができないなら、「残すは仕事で成果を出して収入で飛び抜けるしかない」と思っていたので、高校卒業後にフリーランスになることも勢いで決めてしまいました。

長島綾音

学業やスポーツで戦うことやめて、自分が勝てるところを探す中で『仕事で稼ぐ』ということなら今から準備すれば勝てると思ったわけですね。

でも、お金持ちになるなら「大手企業へ就職して…」といった選択をしそうですが、就職を選ばなかったのには、どんな理由があるんですか?

石村武蔵さん

僕自身工業高校に通っていて、業界的にも「稼げる仕事に就くのは無理だ、、周りとは違うことをしないと」と高校生ながらに感じていました。

そんな中、家で『稼げる 仕事』とGoogle検索していたら『Webマーケターは稼げるよ』と解説されている記事を見つけたんです。

プログラミングなどが流行っていた中で、Webマーケターに興味を惹かれたのは、身近にある商品やサービスが、マーケティングで広められて多くの人に利用されているように、世の中に大きな影響を与えられるスキルだと感じたからです。

誰も知らないサービスでも、マーケティングさえあれば、有名なサービスになるわけで、すごく誇らしい仕事だと思いました。

長島綾音

確かに、「◯◯のサービスのマーケティングをやって広めることができた」と言えれば、すごくびっくりされることも多い職業ですよね。

正直、自慢できる実績をたくさん作れる職種ですし、「◯◯のサービスを広めた」という感じで親世代に話しても理解してもらえる部分は誇らしいと思えるポイントですよね。

石村武蔵さん

そうなんです(笑)

コンプレックス剥き出しですが、自慢できる職業なので選んだのが実は大きいのかも知れないですね(笑)

「高卒フリーランスになる」と決意した高校3年生のとき

長島綾音

コンプレックスを力にして、高校生ながらに将来を決めているのはすごいです。

でも、普通と違う選択なので、周囲から意見されることはなかったですか?

石村武蔵さん

家族には思ったより反対されずにビックリしましたが、正直内心は複雑だったように思います。

高校の先生から「社会はそんなに甘くないぞ、就職しろ」と反対されましたし、多くの大人が「やめておけ」と言っていましたね。

周りの友達も正直、半信半疑というか、「上手くいかないだろう」と思っていた人が多かっただろうと思います。

長島綾音

そうですよね。。

石村さんには失礼かも知れませんが、「上手くいかない」と思われてもしょうがない状況だったように思いますよね。

いろいろな人に反対される中で、折れたりはしなかったのですね?

石村武蔵さん

もはや後に引くに引けない状況でもありましたし、気持ちは完全に「フリーランスになる」という方向で動いていたので、迷いもありませんでしたね。

それも、親が反対せずに肯定してくれたおかげなので、今でも本当に感謝しています。

「お金がない」高卒フリーランスの生活はやはり厳しかった

長島綾音

高卒フリーランスとして独立した期間の話を聞きたいです。

どんな生活をされていたのか、気になります。

石村武蔵さん

今だから笑って話せますけど、正直フリーランスの半年は本当に生活が苦しかったです。

僕は、高校卒業と同時に東北の田舎から東京に上京してきました。

当時、高校時代に貯めた貯金も、「2ヶ月持つかな?」というくらいの金額です。

しかも実際、その多くは引越し費用で消えてしまいました。

両親は賛成してくれたものの、実家の家計には余裕がなかったため、本当に困った時以外は頼らないと決めて上京した形です。

長島綾音

自分自身でお金を出して上京する決断は、覚悟が決まりますね…!

苦しかった一人暮らしの状況をもっと知りたいのですが、どんな感じの生活でしたか?

石村武蔵さん

そうですね、家賃は6畳の1ルームで月6万円、食費の他に携帯代やネット費用、交通費などもろもろ合わせて最低でも10万円は必要でした。「東京って物価高い…」と改めて感じましたね。

お腹が空けば、安いパスタを家で茹でて食べる生活で、外食なんて贅沢でした。

長島綾音

なかなかキツいですね、、10万円で暮らすとなれば、家賃で6万円が引かれて残り4万円、携帯代や通信費で2万円と考えれば交通費と食費で2万円の生活ですね。。

確かに、外食に行く余裕がないのもうなずけます。

早く仕事をとらないとお金が底を尽きると思うのですが、仕事獲得にはどんな感じで動きましたか?

石村武蔵さん

僕はとりあえず人に会いました。「なんでもやるので仕事ください!」とお願いしてましたね。

当初は、広告運用のサポートや、ライティング業務など仕事を選ばずになんでもやってました。

長島綾音

確かに、なりふり構ってられませんもんね。。

生活費10万円は最低でも稼がないとダメですもんね、実際には稼ぐことはできましたか?

石村武蔵さん

いや、全然稼げていませんでした、最低限の生活を守るための10万円も行くかどうかといった感じでしたね。。

「Webマーケターになるぞ」と意気込んで上京したものの、経験はないし、スキルも全くない。

そんな中で仕事をしていこうと思うことこそ甘いと感じました。

正直、食べ物を買うお金すらない時もあったので、空腹で過ごすこともよくありました。

すき家の牛丼は僕にとって高級品のご褒美でしたね。

最終的には、両親に助けを求め、少しだけお金を送ってもらうこともあり、「こんなはずじゃない」と悔しさでいっぱいだったのを覚えています。

今でも思い出すと、悔しい気持ちと情けなさで涙が出てきますね。

生活に困窮しすぎて頭が真っ白、「助けて」と言える環境が必要だった

長島綾音

辛い経験をされてますが、高校卒業後すぐにそういった体験をされている方は貴重ですね…!

想像も出来ないくらい厳しい状況だったのに、現状は以前の苦しい時期を感じさせない雰囲気があるので、不思議だなと感じます。

当時から今に至るまで、何がどう変わったのでしょうか?

石村武蔵さん

実は、当時お金が苦しいこともあって、仕事中でも生活できなくなる不安に襲われていました。

そのせいか、仕事でもミスが増え、仕事がなくなってしまう危機も何度かありました。

本当に誰かに助けて欲しい状況でしたが、これ以上親を頼るのはやめたい、そんな八方塞がりな状況だった中で、Withマーケを見つけました。

これ以上の出費が出たら正直やばいという状況の中、入会するか数日間悩みましたね。

結果的に、「今後に繋がる出費なら、食費を押さえてでも入会すべきだよな」と思って、Withマーケに入会しました。

長島綾音

一番苦しい時期でのWithマーケ入会だったのですね。。

それほどまでに、Withマーケを求めた理由はなんだったのでしょうか?

石村武蔵さん

精神的にきつい状況だったので、誰かに頼れる環境を作りたかったんだと思います。

Withマーケでは、無制限Q&Aサービスという何でも相談や質問できるサービスがあったので、初歩的なことから今仕事で困っている仕事の解決まで、相談できる環境がありました。

精神的にすごく救われましたし、相談したら解決してくれる人がいることで、1人じゃない感じがしたのを覚えています。

「助けて」と相談したら、解決してくれる環境があったことは、1番の支えになりました。

相談する中で『就職』の選択肢を見つけ、広告代理店に就職成功

長島綾音

精神的に追い込まれていた中で、Withマーケが支えになっていたことを聞いて、Withマーケを運営している者として、すごく嬉しい気持ちになりました。

では、Withマーケを利用してフリーランスとして稼げるようになったわけですね?

石村武蔵さん

いや、それが違うんです。

先ほどの質問サービスで、漠然と「精神的にも金銭的にも厳しくなってきた、どうしたらいいか」と勇気を出して聞いてみました。

すると色々と現状を整理していただいた結果「一旦、就職してみたらどうか?」とアドバイスをいただきました。

広告運用に興味があることを伝えると「広告運用ができるベンチャーにしたら勉強もできて、収入的にも今の状態は抜け出せるんじゃないか」と親身になって相談に乗ってくれたのが救われましたね。

冷静に現状を整理していただき、何をすればいいのかを分解してくださったおかげで、頭の中がすごく整理されました。

長島綾音

なるほど、就職の方向性が決まったのもWithマーケがきっかけだったんですね!

やるべきことが明確になると、希望が持てて前向きになれますよね。

それからは、どのように就職活動を行いましたか?

石村武蔵さん

就職は、とにかく数が勝負だと思い、時間の限り求人に応募していたのですが、高卒未経験者をWebマーケターとして採用してくれる企業なんてなかなか見つかりません。

当然のように、応募しては不合格になる、という繰り返しでうまくいかないまま時間が過ぎるだけでした。

そこで改めて、現状を相談したところ、現状を整理した上で課題をいくつか見つけてくれました。

その後、履歴書が通過し面接までたどりついた企業には、Withマーケで学んでいる内容等を具体的に話し、合わせて熱量も伝えることでなんとか採用通知を2ついただくことができました。

初めて得られる達成感、やり切ったと思える経験、Withマーケに入会しなければ得られないものばかりでした。

長島綾音

そんな風に言っていただけて、本当に良かったです。。

何だか感動してしまいました。。

 
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